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WARAの足跡をたどって

ボリビアのフォルクローレグループ「WARA」の来日を控え、何かみなさんにお見せできるものはないかと思い、Carlos Dazaと連絡をとりました。もし何か、自分たちの気に入っているビデオがあったら私のページで紹介したいと。

日本でボリビアの道標となる小さな窓を見つけることはないだろうかと検索していると、驚いたことにWARAの歴史を描いた素晴らしいビデオに遭遇しました。そこで、WARAの歴史の一部をみなさんに紹介してみようと思います。


WARAについて語ることは、ボリビアの音楽の歴史を語ることであるといえます。フォルクローレグループWARAは1970年代に、ボリビアの音楽に新しいアプローチをもたらしたのです。


当時、まだ原住民に対する理解は不十分で、都市部のボリビア社会が彼らに向ける目は厳しいものでした。そこにはポンチョやチャランゴ、ケーナといった民族楽器そのものに対する偏見すら存在しました。1952年まで原住民は都市部に入ることすら許されず、都市部と農村部のパイプは細く乏しいものでした。


裕福な家庭の出身であるWARAのメンバーたちが、原住民の楽器を使うということは、人とのつながりを変えることを意味しました。家族と議論になったり、人との付き合いも変わったり、友人たちをも変えざるをえない状況になったといいます。


WARAの起源であり、バックグラウンドはロックです。メンバーそれぞれが異なるロックバンドで活動していましたが、Carlos Daza, Dante Uzquiano, Jorge Cronembold, Jorge Komoriのメンバーで「Konga」というグループを結成しました。Carlos、Dante、 Jorgeは近所でサッカーをして遊ぶようなサンペドロ地区の仲の良い幼なじみでした。


「Konga」としての演奏活動中、アルゼンチンの旅路で音楽を勉強していたOmar Leónと出会います。Omarもふくめて2日間の汽車の帰国の途中、彼らがボリビアのアイデンティティを追及できるバンドを作ろうと、自分たちの音楽を探りました。WARAの結成にはまだ時を待たなければなりませんが、ここでTABUという人気バンドが結成されました。


彼らは学校や若者の集うパーティーにおいてたいへんな人気を呼び、大きな成功を収めました。しかし、ある2つの若いグループ同士の対立がもとで深刻な問題が起こると同時にTABUは音楽活動を停止することになりました。


スポットライトの下から離れ、自分たちを見つめなおした活動停止期間は、彼らの言うところによる「共に生きるための修業と自分たちの音楽の土台」となり、彼らの精神的な成長を促す結果となったのです。


(文中敬称略)

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